ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに | ★コピーライターが思わず ! となったコピー。

ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに

あわただしかった父の通夜、葬儀が
なんとか無事に終わった後のこと。
父の寝室でぼんやりしていたら、
サイドテーブルに何冊かの本が
あるのが見えた。
そのなかに映画「男はつらいよ」に
関する本が2冊あった。
 
そのうちの1冊、研究書のような内容の
ものは僕がむかし贈ったものである。
父はこの映画、いわゆる寅さんシリーズが
とても好きで、新作が上映されるのを
楽しみにしていたので観賞ガイドに
ぴったりだと思ったのだ。
 
おや、なつかしいと本を手にとり
パラパラとページをめくると、
ところどころに、前売り券の半券が
挟まっている。本当に好きだったのだなと
思って、さらにページをめくると雑誌の記事を
切り取ったものが挟まっていた。
 
その記事は、寅さんを演じた故渥美清さんに
関するものだった。
おそらく渥美さんが亡くなってそう時間が経って
いない時期の記事のようで、人となりや生前の
エピソードなどが4ページにまとめられていた。
 
記事を読んでハッとした。
なぜ父があの映画をあんなに好きだったのか
分かった気がしたのである。
詳しくは言わないが、父と渥美さん、そして
寅さんとの間にはいくつか共通する点があった
ことがわかったのだ。
 
それらはたぶん当人たちにとって生き方や
人生観にも大きく影響したのではと思わせる
ことだった。
察するに父は寅さん、そしてその役を演じた
渥美さんに自分を重ねていたのだろう。
 
同じような体験をしたものしか分からない同士、
何か分かち合いたかったかもしれない。
また、過去や現在を投影しながら、自分の代わりに
願望を体現してくれる‘もしかするとありえた
もう一つの世界’を愉しんでいたのかもしれない。
 
もちろん、それは僕の推測である。かりに生前に
なぜ好きなのかを尋ねたとしても父の性分を考えると
はっきりと答えなかったと思う。
けれどもそう考えるとなぜあんなに「男はつらいよ」が
好きだったのか納得がいく。
 
「男はつらいよ」シリーズ全48作。全部は
観ていないが、初期、中期中心に半分くらいは
観ている。そう詳しいわけではないが、
いろいろと見どころの多い映画で、
寅さんの名言・迷言もそのひとつ。下品なものから
人生の真理といえるものまでたくさんあるが、
その中の恋愛に関するものから…
 
 
★今回のビックリマークな台詞
 
 
いい女だな、と思う。その次には話をしたいな、と思う。
その次にはもうちょっと長くそばにいたいな、と思う。
そのうち、なんかこう気分が柔らかくなってさ、
この人を幸せにしたいな、と思う。
もう、この人のためなら死んじゃってもいい、命なんか
いらないと思う。それが愛ってもんじゃないのかい?
 
 
男はつらいよ 葛飾立志編」での寅さん(寅次郎)の
台詞。男女の愛は難しいという大学教授に対して、
寅が簡単だよとこの台詞を言う。

 
ああ分かる分かる、その感じと共感してしまう。

意外に言葉で表すのが難しいことをよくこんなに
詩のように言ってくれたなと感心する。
 
分かりやすい。それだけでなく共感できるところがいい。
まぁ愛というより、恋する心のプロセスといった方が
正確ではあるが。(広告に接した場合の行動の

変容モデルAIDMAのようなイメージ)
 
「男はつらいよ」シリーズは、毎回寅が失恋する
という基本パターンが貫かれている。
DVDの発売時の広告などには、「失恋48連発」なんて
コピーが添えられていたくらい。
そういうと、毎回寅がふられるようなイメージがあるが、
寅がふる(自分から身を引く)パターンもある。
とはいっても、いつも寅の恋は成就しないのである。
 
それでも寅は恋や愛に生き、名言や至言を生むのだ。
11作「寅次郎忘れな草」のポスターのコピーでも

 
ほら、逢っている時は何とも思わねえけど
別れた後で妙に思い出すひとがいますね
…そういう女でしたよ。あれは

 

これもまた愛に関する名言だと思う。


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寅は恋愛の真理や心理については、そのへんの男よりも
よく分かっている。ただ机上では恋愛の達人なのであるが、
実践についてはからっきしである。
観客はそういったタテマエとホンネの間で繰り広げられる行動
や言動に一喜一憂し、じれったさや哀しさ、切なさを感じ
ながら物語を楽しむのだ。
 
ところで寅は教養がないが、物事の本質のわかる男である。
(そしてひとの気持ちがよく分かる男でもある。
分かりすぎて失恋しているように思えるが)
さらに、ややこしいことを咀嚼して、誰でも分かるような
表現で伝えるのがうまい。(知識不足による誤解や
ついていけない比ゆによるメチャクチャな台詞も
けっこうある)
 
だから、上の台詞などを聞くたびに、うまいこと言う
とか、いいとこに気づくものだなぁと感心する。
詳細は理解できていなくても、本質、あるいは文脈を
察知して表現できる寅はとても賢いのだと思う。
 
作家井上ひさしさんは
むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく   
ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書く

を座右の銘にしていたが、寅の科白はまさにいい手本だ。
 
さきほどから、寅、寅と書いてはいるが、
実際に台詞を考えているのは、脚本を書いた
山田洋次さんや朝間義隆さんである。

 
特に山田洋次さんは監督という印象の方が
強いがほとんどの監督作は脚本もてがけており、
「男はつらいよ」シリーズでも、寅以外の
登場人物たちのセリフにもハッとさせるものが多い。
山田監督のものごとの真理を見据える観察眼やそれを
表現する言語感覚はすばらしいというしかない。
 
浪花節的なキャラクターによる古臭い人情喜劇
というイメージがあるかもしれない「男はつらいよ」
だが、今回父を偲ぼうといくつか観た。
たしかにそういう映画だ。
でもそれは表面的なもので、本質は
人間賛歌の映画であることを改めて感じた。
 
おりしも大震災によって日本中が大きく傷ついた
時期でもあり、いつもより深く沁みたし、
観た後にいろいろなことを考えさせられた。
 
阪神大震災後、避難所である団体が映画上映の
ボランティアをしたところ子どもには
「となりのトトロ」が、大人には「男はつらいよ」が
圧倒的に喜ばれたという。
なんとなく分かる話である。
この映画から伝わるやさしい温もりが、

心のひびをふさいでくれたのだろう。
 
そんなに言うならちょっと試しに観てみようかと
思ったらシリーズの中でも人気作を観るといい。
よくできたストーリーの17作「寅次郎夕焼け小焼け
浅丘ルリ子さん扮するリリーとのラブストーリー3部作
15作「寅次郎相合傘」11作「寅次郎忘れな草
寅次郎ハイビスカスの花」は切ない。
 
特に15作「寅次郎相合傘」で寅がリリーがステージで
唄う姿を想像して語るシーンは名場面だ。
まるで言葉で絵を描くかのような台詞、ファンの間では
寅のアリアというらしい。
 
あとは個人的には大原麗子さん、いしだあゆみさん、
竹下景子さんがマドンナ役をつとめた作品もよかった。
当時の人気女優が起用されることこともあり、
マドンナ役ばかり注目されるが「男はつらいよ」
の真のマドンナは寅の妹のさくら、倍賞千恵子さんだ。
それが分かるようなると、ツウになるらしい。
 
父はシリーズの中でどれが
お気に入りだったのか、
それが聞けないのが少々ざんねんである。
 

ちなみに僕が好きな寅の科白は
俺とおまえは別の人間だ、早え話が俺が芋食えば
てめえの尻からプッと屁がでるか?どうだ

…もう言ってることがメチャクチャ。


 
 17作「寅次郎夕焼け小焼け」と

15作「寅次郎相合傘」は傑作。観て損はしないです。

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